SARA HISTORY
1986
1986年5月愛知県知多市に加古歯科医院が開院しました。
当時はチェアー3台、スタッフ4名から始まり、その中で歯科衛生士は1名。歯科衛生士は診療の合間にスケーリングをする程度でした。
1994
1994年、ひとりの歯科衛生士が入社したことが予防歯科を始めるきっかけとなりました。
「歯科衛生士のキャリアを生かして働きたい」
その歯科衛生士は、「キャリアを生かして働きたい」という意欲と、医院の環境、特に素晴らしい中庭がある環境で働きたいという理由から「押しかけてでも入社したい」という強い思いがありました。1994年9月、その歯科衛生士は1枚の履歴書を持って加古歯科医院へ面接に来ました。
そして、その歯科衛生士の入社から本格的な加古歯科医院の予防が始まることになりました。
入社当時は、まだ虫歯治療が主流でした。
そんな中、予防歯科の重要性、今までの歯科衛生士のキャリアを生かしたいと奔走します。
1994年頃
その頃、苦労していたのは記録写真でした。現在のようなデジタル写真はなく名古屋の専門店から毎週フィルムを取りに来ていただき、大変な手間をかけてスライド写真を作成していました。
1996年頃
その後、デジタル写真が出始め口腔内写真ソフトの導入で診療の説明がスピーディーかつ確実にできるようになり、診療効率は格段に上がりました。
アシスタント業務も行いながら、診療室のチェアー1台をパーテーションで囲った歯科衛生士専用チェアーでの予防業務が始まりました。
入社当初には1人だった歯科衛生士も2人、3人と増えていきます。
この頃から予防歯科への関心が少しずつ高まっていき、治療が中心だった診療も見直されていきました。
1998
1998年、チェアを1台増設し完全個室の予防歯科室を作りました。
虫歯予防とともに、歯周病の治療を含めた、予防の周知にも取り組み始めました。休日を利用してセミナーへの参加や医院見学など院長先生や歯科衛生士で全国を走り回り知識を深めていきました。
1998
1999年、予防歯科の大家、山形県酒田市の熊谷崇先生の診療所日吉歯科医院にて勉強を重ね、理事長(前院長)が第二期オーラルフィジシャン認定取得。
予防歯科の確立をしていきました。
2001
新規診療所増設
予防専門棟 さらデンタルフォレスト OPEN
1999年、予防歯科の大家、山形県酒田市の熊谷崇先生の診療所日吉歯科医院にて勉強を重ね、理事長(前院長)が第二期オーラルフィジシャン認定取得。
予防歯科の確立をしていきました。
女性が働きやすく、また患者様がより快適に通院できるように産休育休制度の導入や保育士さんの入社により患者様へのサービスや医院の環境も理想に向かっていきました。予防歯科、患者様の健康に対する学びも止まることなくQOL(幸福で満足のいく人間らしい生活を送ること)に欠かせない大切な事「食、栄養」の勉強を追求していきます。
当院の10年以上継続者の残存歯数比較
こちらはさらデンタルフォレストにて10年以上メンテナンスを継続している患者さんと、平成28年度歯科疾患実態調査による年代別の残存歯数の比較の表です。
各年代においてメンテナンス継続者が上回わっており、予防の必要性を実感する結果となっています。
予防歯科を続けていただくことで、多くの患者様のお口の健康をサポートできることを大変嬉しく思います。
2010
加古歯科医院では、若手歯科医師の受け入れや、歯科衛生士学校生の実習を受け入れたりなど「教育」に力を注いでいます。若手育成を心がけ、より志の高い歯科医療従事者になっていただけるよう努力しております。
2018
2018年、院長は全国で公演もされる世界的に有名な山田豊文先生が所長を務める杏林予防医学研究所で「細胞環境デザイン学」という本来人間が持っている自然治癒力を引き出すための「食」に関することを学んできました。それをさらデンタルフォレストでのさらなる健康増進へ生かしていきたいと考え、予防歯科と「食」から全身の健康へアプローチする栄養管理の取り組みを進めています。
患者様の予防、未病に対する意識の高さから、加古歯科医院の総患者数はありがたいことに25,000人を超えました。
ただ、平日の予防歯科の予約は3ヶ月待ち、夕方や土曜日の予約は4~5ヶ月待ちとなっており大変ご不便をおかけしております。
現在、予約を取りやするための計画を進めています。
これからも患者様の立場になり、
ホスピタリティーを大切に応対していきます。
© 2019 Sara Dental Forest